Posted May 16th, 2010 in UME's 一日カフェ, にほんご | No Comments »
パースに住んでいる日本人の方を紹介しているコーナーです。今回は、パース在住暦7年の大吉さんです。
カップケーキ w クリームチーズのアイシングをお届けしました☆

6ヶ月になるbabyとのツーショットです:)(写真が暗いですが…)

名前:大吉(匿名)
出身地:京都府
現在のvisa:PR(永住権)
Q:パースに来られたのはいつ頃ですか?
A:2003年の末頃です。
Q:パースに来られたきっかけは?
A: 英語の勉強と、Aged Care の勉強をするためです。Student visa で渡豪しました。英語学校には約10ヶ月ほど通い、その後は結局 Nursing のコースを取り、大学を卒業しました。
Q:日本でもAged Care やNursing関係のお仕事を?
A:いえ、日本では違う仕事をしていました。
Q:今は何をしておられますか?
A: オーストラリアでの看護士の国家資格 (Registered Nurse) を取得し、今はパース内のプライベートホスピタルでナースをしています。それで永住権も取りました。去年出産をしたので、今はmaternity leave 中ですケド。
Q:パースで暮らしてきた中で印象に残る想い出は?
A: 勉強…!ですね。特に大学で、看護の具体的な内容を専門用語+英語で学び、宿題も多くあり、とにかく本当に毎日勉強勉強でした。それが5年くらい続きました。なので、大学のホリデー中はギリギリまで日本に帰って、実家でノンビリしていました。
Q:パースのどこが好きですか?
A: 青い空。キレイな海。ゆっくり、のんびりした時間。
Q:休日は何をしておられますか?
A:出産前は、ナースの仕事は定時勤務ではないので、旦那と休みが合う時は二人でブラブラとフリーマントルやショッピングモールに出かけたりしてました。旦那が仕事の時は家でノンビリですね。出産後は、毎日赤ちゃんの世話を頑張ってます。
Q:日本が良いか、パースが良いか?
A:住む事だけを考えたら、どっちもどっちですね。日本は便利だし、家族も居るし。パースは、ノンビリしていますし。
Q:これからの目標はありますか?
A:来年からは仕事に復帰する予定です。家庭と仕事の両立を目指して頑張りたいと思っています。
Q:これからパースに来る人に何か一言言うとしたら?
A:パースは勉強に励むには良い場所だと思います。気をとられるモノが周囲にあまり無いので。本気で勉強したい人にはオススメですね。
ありがとうございました!(^^)
Posted May 1st, 2010 in UME's 一日カフェ, にほんご | No Comments »
オーストラリアのパースで生活をしている日本人の方達を紹介しています。
今回の方は、夢だったパースでの生活を苦労して自分の力で実現にした、力強い女性、Lucia さんです。そんなLucia さんには、焼きたてベーグル&アーモンドケーキとコーヒーでお迎えしてお話を伺いました。


名前:Lucia(匿名)
出身地:東京都
現在のvisa:PR(永住権)
Q:パースに来られたのはいつ頃ですか?
A:2004年の1月です。
Q:パースに来られたきっかけは?
A:それまでにも何回かパースに旅行に来た事がありました。他の都市もまわったけど、やっぱりノンビリとしたこのパースという街が気にって、いつかこんな街に住みたいなあと思うようになったんです。それで、永住するのを目的に、2004年にパースへ。
Q:永住するのを目的にパースへ来られたとの事ですが、どのように計画を?
A:最初は学生ビザで学校に通い、その後ワークエクスペリエンスをして、スキルビザで永住権を取得しました。仕事と学校の両立は大変だったけど、永住権が取れて、夢だったパースで生活をする事ができ、とても嬉しかったです。
Q:今は何をしておられますか?
A: Asset Maintenance /クリーニング関係の仕事をしています。
Q:パースのどこが好きですか?
A: カラッとした気候。ドライな空気が好きですね。ドライな夏の日に海に行って遊ぶのがとても気持いいです。あと、このドライな気候のおかげで喘息が治りました。
Q:パースで生活する中で、思う事は?
A:やっぱりここで生活できて良かったっていう事。毎日感謝の気持ちを忘れずに頑張っています。あと、友人にとても恵まれ、周りの人達のお世話になったり仲良くしたりと、楽しく過ごしています。
Q:パースについてどう思いますか?
A:平和な場所。スローライフ。
Q:パースでの好きなスポットはどこですか?
A:フリーマントルです。休日なんかはパートナーと一緒にカプチーノ通りや港の辺りをブラブラしています。パースは天気が良い日が多いので、とても気持いいです。
Q:日本が良いか、パースが良いか?
A:住むならパースですね。日本は、ホリデーとして行くなら好きです。
Q:パースにあって日本に無いモノは?
A:う〜ん。。。日本は何でもあるので…。敢えて言うなら、広い土地と穏やかさかな?
Q:これからの目標はありますか?
A:これからもずっとパースに住む。いっぱい働く。いっぱい遊ぶ。嫌な事があったり忙しすぎたりして、時々いっぱいいっぱいになっちゃう事もあるけど、でもそういった状況下でも周囲から色んな事を学んで前向きに暮らしていきたいです。
Q:これからパースに来る人に何か一言言うとしたら?
A:パースで売っている物は、値段が割に合ってない事が多いです。だから、その値段を鵜呑みにするよりも自分自身の価値感や感覚をモトに買い物はして下さい。
ありがとうございました!(^^)
Posted April 25th, 2010 in UME's 一日カフェ, にほんご | No Comments »
これから、オーストラリアのパースで生活をしている日本人の方達の紹介をしていきたいと思います。これからパースに行く人、パースに興味のある人などの何かの役に立てればなあ…という思いつきなんですが、ただ単に「ああ、こういう人もいるんだなあ」と人間観察のように読んで下さっても結構です^^)
Ume’s 一日カフェでは、Umeがその方たちを料理でもてなすついでにその方たちからパースでの生活についてや情報をインタビューしていくものです。
それでは、記念すべき第一回目は、パース在住8年目のAoiさんです。今回は和食でAoiさんをお迎えしました(^0^)/


名前:Aoi(匿名)
出身地:福井県
現在のvisa:PR(永住権)
Q:パースに来られたのはいつ頃ですか?
A:2002年の6月頃です。
Q:オーストラリアの中でパースを選んだきっかけは?
A:最初は英語の勉強をしようと思ってオーストラリア行きを決めたんですが、その勉強の後は旅行にも周りたかった。もし最初にシドニーやメルボルンに行ってしまうと、メルボルン、シドニー、キャンベラ、ゴールドコースト等だいたいの都市が周囲にあるので旅行し易い反面、離れた場所にあるパースには行きにくいかな、と思って。もし最初にパースに行ってしまえば、その後東海岸に飛んで、後は色んな都市を旅行しやすいかなと思ってパースに決めました。
Q:では、パースで勉強をした後は旅行へ?
A:はい。パースを出てアデレード、メルボルン、シドニー、ゴールドコースト、ブリスベン、そしてケアンズへ行きました。その後はメルボルンに戻り、そこで少し生活をしていました。
Q:オーストラリア中を回られたようですが、その中で一番好きな場所はどこですか?
A:ケアンズです。あの蒸し蒸しした気候と海が好きでした。自分が生まれた場所も海に近かったので。。。
Q:パースに住むようになったきっかけは?
A:…パートナーがパースで住む事になったので、私も一緒について来ました。あと、生活費とかが安いという面でも。
Q:今は何をしておられますか?
A:パース市内の、あるお店で、事務職(Admin)兼PA(秘書)を務めています。
Q:パースについてどう思いますか?
A:ネガティブな面は、日本やEast side に比べて、遅れている。ポジティブな面は、天気が良いのと、のどかなトコロ。
Q:パースでの好きなスポットはどこですか?
A:スカボロビーチです。のんびりできますね!
Q:日本が良いか、パースが良いか?
A:パース。
Q:パースにあって日本に無いモノは?
A:とにかく、のんびりした生活ですね。日本に帰りたいと思うけど、日本でのあの慌ただしくて縛られたような生活には戻りたくないですね。
Q:これからの目標はありますか?
A:これからもパースに住んで、さらにキャリアupしたいですね。
Q:これからパースに来る人に何か一言言うとしたら?
A:日本では味わえない、のんびりと過ぎる時間と青い空、大自然と強い太陽の日射しを楽しんで下さい!
ありがとうございました!(^^)
Posted January 19th, 2010 in Ume's Interests, にほんご | No Comments »
When I was a puppy, I entertained you with my antics and made you laugh. You called me your child and despite a number of chewed shoes and a couple of murdered throw pillows, I became your best friend. Whenever I was “bad,” you’d shake your finger at me and ask “How could you?” - but then you’d relent and roll me over for a bellyrub.
私がまだ子犬だった頃、私はあなたが喜ぶような仕草をして、あなたを笑わせました。あなたは私のことを「うちの子」と呼び、私がどんなに靴やクッションを破壊しても、私たちは最良の友となりました。私が悪さをすると、あなたは私を指差し、その指を振りながら、「どうして…?」と問いました。しかしすぐに、あなたは微笑み、私を転がしておなかを撫でてくれました。

My housetraining took a little longer than expected, because you were terribly busy, but we worked on that together. I remember those nights of nuzzling you in bed, listening to your confidences and secret dreams, and I believed that life could not be any more perfect. We went for long walks and runs in the park, car rides, stops for ice cream (I only got the cone because “ice cream is bad for dogs,” you said), and I took long naps in the sun waiting for you to come home at the end of the day.
あなたがとても忙しかったので、私の破壊癖は思ったより長く続きましたが、 それはお互い時間をかけて解決しましたね。 あなたに寄り添い、あなたの信念や、誰にも秘密にしている将来の夢に聞き入った夜のことを 私は今でも覚えています。 あのとき私は、これ以上幸せな人生はないと、固く信じていました。私たちはたくさん散歩をし、公園で走り、ドライブし、途中でソフトクリームを食べました。 (あなたは「アイスクリームは犬の体に悪いから」と言って、私にはコーンしかくれませんでしたがてん) 私はいつも陽だまりでうたた寝をしながら、あなたが一日の仕事を終えて家に帰ってくるのを待ちました。
Gradually, you began spending more time at work and on your career, and more time searching for a human mate. I waited for you patiently, comforted you through heartbreaks and disappointments, never chided you about bad decisions, and romped with glee at your homecomings, and when you fell in love.
次第に、あなたは仕事や出世のために費やす時間が長くなり、やがて人間のパートナーを探すようになりました。私は辛抱強く待ちました。あなたが傷付いた時や落ち込んだ時にはあなたを慰め、あなたの決断が間違っていても決して非難せず、あなたが家に帰ってくると、おおはしゃぎして喜びました。あなたが恋に落ちたときも、いっしょになって歓喜しました。
She, now your wife, is not a “dog person” - still I welcomed her into our home, tried to show her affection, and obeyed her. I was happy because you were happy. Then the human babies came along and I shared your excitement. I was fascinated by their pinkness, how they smelled, and I wanted to mother them, too. Only she and you worried that I might hurt them, and I spent most of my time banished to another room, or to a dog crate. Oh, how I wanted to love them, but I became a “prisoner of love.”
彼女−今はあなたの奥さんですが−は、「イヌ好き」な人ではありませんでしたが、 それでも私は彼女を受け入れ、愛情を示し、彼女の言うことを聞きました。あなたが幸せだったから、私も幸せだったのです…やがて人間の赤ちゃんが産まれてきて、私も一緒に、その興奮を味わいました。赤ちゃんたちの、そのピンク色の肌に、またその香りに、私は魅了されました。 私も、赤ちゃんたちを可愛がりたかったのです。しかしあなたたちは、私が赤ちゃんを傷つけるのではないかと心配し、私は一日の大半を他の部屋やケージに閉じ込められて過しました。私がどれほど赤ちゃんたちを愛したいと思ったことか。でも私は「愛の囚人」でした。

As they began to grow, I became their friend. They clung to my fur and pulled themselves up on wobbly legs, poked fingers in my eyes, investigated my ears and gave me kisses on my nose. I loved everything about them, especially their touch - because your touch was now so infrequent - and I would have defended them with my life if need be. I would sneak into their beds and listen to their worries and secret dreams. Together we waited for the sound of your car in the driveway.
There had been a time, when others asked you if you had a dog, that you produced a photo of me from your wallet and told them stories about me. These past few years, you just answered “yes” and changed the subject. I had gone from being your dog to “just a dog,” and you resented every expenditure on my behalf.
赤ちゃんたちが成長するにつれて、私は彼らの友達になりました。彼らは私の毛にしがみついて、よちよち足でつかまり立ちをしたり、私の目を指で突付いたり、耳をめくって中を覗いたり、私の鼻にキスをしました。私は彼らの全てを愛し、彼らが私を撫でるたびに喜びました。何故なら、あなたはもう、めったに私を触らなかったから…必要があれば私は命を投げ出しても、子供たちを守ったでしょう。私は彼らのベッドにもぐりこみ、彼らの悩み事や、誰にも秘密にしている将来の夢に聞き入りました。そして一緒に、あなたを乗せて帰ってくる車の音を待ちました。
以前あなたは、誰かに犬を飼っているかと聞かれると、私の写真を財布から取り出し、私の話を聞かせていたこともありました。ここ数年、あなたは「ええ」とだけ答え、すぐに話題を変えました。私は「あなたの犬」から「ただの犬」になり、私にかかる全ての出費を惜しむようになりました。
Now you have a new career opportunity in another city and you and they will be moving to an apartment that does not allow pets. You’ve made the right decision for your “family,” but there was a time when I was your only family. I was excited about the car ride until we arrived at the animal shelter. It smelled of dogs and cats, of fear, of hopelessness. You filled out the paperwork and said “I know you will find a good home for her.” They shrugged and gave you a pained look. They understand the realities facing a middle-aged dog or cat, even one with “papers.”
You had to pry your son’s fingers loose from my collar as he screamed “No, Daddy! Please don’t let them take my dog!” And I worried for him and what lessons you had just taught him about friendship and loyalty, about love and responsibility, and about respect for all life. You gave me a goodbye pat on the head, avoided my eyes, and politely refused to take my collar and leash with you. You had a deadline to meet and now I have one, too.
そして、あなたは別の街で新しい仕事を見つけ、みんなでペット不可のマンションに引越しをすることになりました。あなたは「自分の家族」のために正しい決断をしましたが、かつて、私があなたのたった一人の家族だった時もあったのです。私は久々のドライブで、とても嬉しかった・・・保健所に着くまでは。そこには犬や猫たちの、恐怖と絶望の臭いが漂っていました。あなたは書類に記入を済ませて、係員に「この子によい里親を探してくれ」と言いました。保健所の人は肩をすくめて、眉をひそめました。彼らは知っていたのです、歳を取った成犬たちが−たとえ「血統書」付きでも−直面する現実を…
あなたは、「パパやめて、ボクの犬を連れて行かせないで!」と叫ぶ息子の指を 一本一本、私の首輪から引き離さなければなりませんでした。私はあなたの子供のことを心配しました。何故なら、あなたはたった今、このことを通して 友情、誠実さ、愛、責任、そしてすべての生命への尊重の意味を、彼に教えたのです。あなたは私の頭を軽くたたき「さよなら」と言いました。あなたは私から目をそらし、首輪とリードを持ち帰ることさえ、丁重に断りました。あなたにとって守るべき期日があったように、今度は私にも期日がやってきました。

After you left, the two nice ladies said you probably knew about your upcoming move months ago and made no attempt to find me another good home. They shook their heads and asked “How could you?” They are as attentive to us here in the shelter as their busy schedules allow. They feed us, of course, but I lost my appetite days ago. At first, whenever anyone passed my pen, I rushed to the front, hoping it was you - that you had changed your mind - that this was all a bad dream…or I hoped it would at least be someone who cared, anyone who might save me. When I realized I could not compete with the frolicking for attention of happy puppies, oblivious to their own fate, I retreated to a far corner and waited.
あなたが去った後、やさしい女性係員が二人やってきて言いました。「何ヶ月も前からこの引越しのことを知っていたはずなのに、里親を探す努力もしなかったのね・・・」と。彼女たちは首を振りながらつぶやきました。「どうして・・・?」保健所の人たちは、忙しさの合間に、とても親切にしてくれました。もちろんゴハンはくれました。でも、私の食欲はもう何日も前からなくなっていました。最初は誰かが私のケージの前を通るたびに、走り寄りました。 あなたが考えを変えて私を迎えに来てくれたのだと願いました。今回のことが全部、悪夢であってほしいと願いました。 そうでなければ、せめて私を気に留め、ここから助け出してくれる誰かが来てくれればと…。しかし、幼い子犬たちの愛情を求める可愛らしい仕草には敵わないと悟った年老いた私は、子犬たちの明るい運命を脇目に、ケージの隅に引っ込み、ひたすら待ちました。
I heard her footsteps as she came for me at the end of the day and I padded along the aisle after her to a separate room. A blissfully quiet room. She placed me on the table, rubbed my ears and told me not to worry. My heart pounded in anticipation of what was to come, but there was also a sense of relief. The prisoner of love had run out of days. As is my nature, I was more concerned about her. The burden which she bears weighs heavily on her and I know that, the same way I knew your every mood.
She gently placed a tourniquet around my foreleg as a tear ran down her cheek. I licked her hand in the same way I used to comfort you so many years ago. She expertly slid the hypodermic needle into my vein. As I felt the sting and the cool liquid coursing through my body, I lay down sleepily, looked into her kind eyes and murmured “How could you?”
Perhaps because she understood my dogspeak, she said “I’m so sorry.” She hugged me and hurriedly explained it was her job to make sure I went to a better place, where I wouldn’t be ignored or abused or abandoned, or have to fend for myself - a place of love and light so very different from this earthly place. With my last bit of energy, I tried to convey to her with a thump of my tail that my “How could you?” was not meant for her. It was you, My Beloved Master, I was thinking of. I will think of you and wait for you forever.
ある日の夜、係員の女性の足音が近づいてきました。私は彼女の後に続いて通路をとぼとぼ歩き、別の部屋に行きました。しんと静まり返った部屋でした。彼女は私を台の上に乗せ、私の耳を撫で、心配しないで、と言いました。私の心臓が、今まさに起きようとしている事実を予期し、ドキドキと鼓動しました。しかし同時に、安心感のようなものも感じました。かつての愛の囚人には、もう時は残されていませんでした。生まれついての性格からか、私は自分のことより、係員の彼女のことを心配しました。彼女が今果たそうとしている責務が、彼女に耐え難い重荷となってのしかかっていることを、 私は知っていたからです・・・かつて私があなたの気持ちをすべて感じ取ったように−。
彼女は頬に涙を流しながら、私の前肢に止血帯を巻きました。私は、何年も前に私があなたを慰めたときと同じように、彼女の手を舐めました。彼女は私の静脈に注射の針を挿入しました。私は針の傷みと、体に流れ入る冷たい液体を感じ、横たわりました。私は眠気に襲われながら彼女の目を見つめ、「どうして…?」と呟きました。
おそらく彼女は私の犬の言葉が分かったのでしょう、「本当にごめんなさい…」と言いました。彼女は私を腕に抱きました。そして、「あなたはもっと良い場所へ行くのよ。」「ないがしろにされたり、虐待されたり、捨てられたり、自力で生きていかなけらばならないようなところではなく、愛と光に満ちた、この世界とは全く違う場所に、あなたが行くのを見届けるのが私の仕事なの…」と、急ぐように説明しました。私は最後の力を振り絞り、尻尾を一振りすることで、彼女に伝えようとしました。さっきの「どうして…?」は彼女に対する言葉ではなく、あなた、私の最愛なる主人である、あなたへの言葉だったのだと…。私はいつもあなたのことを想っていました。これからもあなたのことを想うでしょう…そして私は永遠に、あなたを待ち続けます。
THE END
Posted November 14th, 2009 in にほんご | 2 Comments »
2003年から付き合い始め、2004年から一緒に住んで、2009年に結婚した、私・umeの経験話です☆
彼はカトリック教徒なので、教会での式は必須。私は特に結婚希望が無い人間だったので、式に関しては全然こだわりはありませんでした。入籍届け出すだけでも良かったし、とにかく結婚という事に関してお金はあんまりかけたくなかった☆それにお金かけるくらいなら、ハネムーンとかでお金かけたいと思ってました。だから、教会で式をするにしても、ドレスなんか着なくても白い色のTシャツか何かでも全然オッケーだと思ってました(^^;)
私の両親も私と同じで、特に大げさイベントとは思ってなかったよう。(私も含め、私の家族はちょっと変わってる??)ところが、旦那の両親は全くの正反対!!!教会には大きな花で飾りつけ、ドレスは必須、リムジンで送り迎え、式の後はホテルに宿泊、etc…と、私達に色々と要求してきました(*0*)一番末っ子の結婚式という事で、とっても張り切っていたんでしょう。という事で、私としては少し頭の痛い、結婚の計画を立てる事となりました…。
ウェディングコーディネーターは利用せず、とにかく最低料金で済むように計画しました。
<司祭>
旦那のお姉さんの結婚式の時にcelebrant をした、priestに頼む事に。私達と同じくらいの年齢の、若いpriestです。私達の式をお願いしに会いに行き、快く了承してくれました。式の本番まで数ヶ月あったので、それまで5回ほど私達はそのpriestに会いに行き色んな話や勉強をしてもらいました。全然堅苦しくない、明るいpriestさんです。:)
そのうちの1回はグループでの話し合いで、私達の他に3カップル同席しての話し合いもしたりしました。私達と同じようにこれから結婚する他のカップルの話が聞けて勉強になったし、色々と違う立場からの視点で物事を知ったりして良い経験になりました。
私はカトリックではないし、これからなるつもりも無いと伝えても、「それは個人の自由だし、全然構わない。日本の伝統であるお宮参りや七五三等もどんどんして下さい」と言うpriest。本当の宗教とは何かという事を彼から色々学ぶ事ができました。
カトリックの式を挙げるにして、私達は”together forever”という、政府が行うコースを受けなければなりませんでした。パースでは結婚する人がかなり多いのか、そのコースの予約は数週間前にしなければならず、すぐに人数がいっぱいで予約締め切りになったりしてました。私達は1日で終わらせたかったので、土曜の朝9時から夕方4時までのコースを受けました。他の16カップルとグループになって色々話し合ったりして、ちょっと疲れたけど、内容的にはすんごい勉強に!!カトリックというだけではなくて、「喧嘩した時の対処策」等々、私達の人生にもプラスになる内容がぎっしりで、このコースはこれから結婚する皆が受けるべきだと思いました。友達にも勧めてます(^^)
<教会>
家の近所の教会で式をする事にしました。この教会は旦那が毎週ミサに来ている教会ではないので、手数料として数百ドル程お金を支払わなければいけませんでした。
<宿泊>
旦那のお姉さんが当時ヒルトングループで働いていたので、パースのヒルトンホテルに宿泊しました。私は式の前夜から、旦那は式の夜からの3日ステイです。一人でドレスを着る事ができなかったので、式の日の朝に友達に部屋まで来てもらい、手伝ってもらいました。ドレスのままエレベーターで1階まで降りてロビーで待つのはちょっと恥ずかしかったですが、会う人会う人が「おめでとう」と言ってくれて嬉しかったです。
<ドレス>
ドレスにお金かけたくなかったのですが、レンタルできるお店がパースには1,2店しか無く、自分に合うサイズを探すのが難しいのと,レンタルでも数百ドルしたので、結局は友人が働いていたウェディングドレスのお店でオフラック(カスタムメイドでは無くて既製品のドレス)のドレスを購入ました。ディスカウントしてもらい、900ドルくらいでした。ベールも無料でもらいました。
<新郎のドレス>
Myerのセール時にスーツを購入。安くつきました。
<アクセサリー、靴>
イヤリングは、ジュエリー作りをしている友達が手作りしてくれました。ネックレスはしないつもりだったけど、式の2日前に急に真珠のネックレスを買ってくれると言いだしたので買ってもらいました。靴は、パースではなかなか良いのが無くて、日本から買ってこればと後悔。仕方ないので適当なシルバー系のミュールを適当な値段で購入しました。
<メイク&ヘアー>
私は自分ではあまりメイクのやり方がわからないので、結婚式の日くらいは、とプロに頼む事にしました。インターネットで探し、サイトに載ってる作品集がいい感じだったスタイリストに決定。値段も手頃でした。当日はホテルの部屋まで来てもらい、メイクとヘアーをしてもらいました。
<ウェディングリング>
私のリングは、パースでは値段が高いので、何と当時ドバイに住んでいた旦那のお姉さんに買ってきてもらいました。私の指のサイズを測った紙をお姉さんにスキャンして送ったり、お姉さんと何回もやり取りをして、パースまで送ってもらいました。旦那のリングは二人でパースで購入しました。
<ブーケ&コサージュ>
パースは花が高い!花ってこんなに値がはるのかとビックリしました。探しに探して、結局はウェディングをメインとする花屋さんで購入。他と比べると結構安かったです。ブーケは白とベイビーピンクとグリーンをあしらった物で、コサージュは旦那のお母さんに1個、ボタンホールは旦那と旦那のお父さんに1個ずつ。それと教会に置くミディアムサイズのアレンジメントも全て込みで400ドルくらいでした。式の朝に旦那のお姉さんがピックアップしてくれました。
<車>
これは私的には本当に必要無かったのですが、またまた旦那の両親の希望から、リムジンをレンタルするよう言われました(*_*)お金が勿体ないと思いましたが、まあ一生に一度だし、と色々インターネットで調べてみる事に。すると、値段が高い事にビックリ!4時間レンタルで2000ドル、中には5000ドルの会社も☆こんなにお金出せない、勿体無い!と、自分の車にリボンか何かをつけて使用したいと主張。でも、「もっと安い会社があるはず」みたいな事を言われ、さらに検索…。で、結局いい感じのレトロな白いリムジンを安くレンタル(運転手付き)している会社を発見。4時間で400ドルだったかな?時間かけて探した甲斐がありました。
<カメラマン>
これも探すのが大変!まず、結婚式の日にスケジュールが空いているカメラマンを見つける必要があったので、カメラマン探しは一番最初に行いました。すぐに予約いっぱいになると聞いたので。これもサイトで探し、何人かに会いに行って見積もりを出してもらいました。ほとんどが2000ドルくらいだったのですが、これも私にとっては高過ぎたので却下。その後イーストパースにある所を見つけ、会いに行ってみると4時間の写真撮影(教会と、希望のロケーションでの写真撮影)+式の前の予行撮影(1時間)+全ての写真を収録したDVD(予行撮影の分の写真も)+1枚の大きいサイズのプリント込みで400ドルとの事。人柄も良いイタリア系のオージーのおじさんで、この人に任せる事にしました。また、日本の家族や友人にもすぐ見てもらえる様ウェブサイト上でも私達のウェディング写真集を作ってもらいました。(無料)色々と無理なお願いをしても快く聞いてくれたので、本当に感謝しています。
<ビデオ撮影>
旦那の義理のお兄さんに頼みました。後で観てみたら、手振れがスゴくて観れたモノじゃなかったけど、でも良い想い出です。
<ミュージック>
ミュージックこそはお金をかけたくなかったので、CDを教会でかける事にしました。進行する時と、婚姻届けにサインする時と、退却する時の3種類の音楽を旦那と二人で選びました。式当日、なんと教会のCDプレイヤーが壊れていて調子が悪く、やっと直ったと思ったら、CDをかけてくれるよう頼んでた旦那の親戚がタイミングを何回も見逃して、メチャメチャになりました。でもまあ音楽は別に重用視してなかったから大丈夫です:)
<披露宴>
私達は披露宴はしないつもりだったのですが、旦那の両親の強い希望から、インドネシア(彼の祖国)のジャカルタでパーティをする事になりました。また、パースでの教会の式には私の家族は来れなかったので、式の後に私達と旦那の家族が日本へ行き、私の家族との対面をしました。という事で、パース、日本、ジャカルタと3国でのイベントをする結果に…。
<招待状&ウェディングギフト>
これは旦那の両親がジャカルタから全て準備して持ってきてくれました。ジャカルタだともの凄く安いみたいです。ギフトは、私達の名前と式の日付入りのユニークな形をした塩コショウ入れです。
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